HOME > ヴェーダーンタ

ヴェーダーンタ


ヨーガの聖典ヴェーダーンタは、ヴェーダの最後の章で、
ヨーガのゴール、モークシャ
( 勘違いからおこる自分観からの自由)を叶える道具です。

ヨーガをはじめ、アーユルヴェーダなど、
ヴェーダの教えに耳を傾け、ダルマ(調和)を
生きてきたヨーギーたちの整理整頓された考えに、
ヴェーダーンタの言葉が道具として働き、
勘違いの考えをただしてモークシャが叶うといわれます。

私たちは日々たくさんのことを求めて生きています。
その求めることの裏には、
もしかしたら 今の私に 不安や物足りなさなど、
不満を感じているのかもしれません・・・

そもそも、私たちはいったい何を求めているのでしょう。

ヴェーダでは、人としての私たちが求めているものを、
分かりやすく4つにまとめています。
アルタ(安心、安全) カーマ(喜び) 
ダルマ(秩序)  モークシャ(自由)

アルタ(安心)、カーマ(喜び)
おいしいもの、素敵な服、美、仲間、
趣味、結婚、旅行、家、お金、名誉、健康・・・
私たちに、安心や喜びを与えてくれるものは
本当にたくさんあります。そして、どれも大切。
でも、こうして得ることのできる安心や喜びは永遠に続かなく、
また次の安心や喜びを求めてしまいます。

人の考えが整理され、成長してゆくとともに、
自分だけの安心や喜びではなく、
ダルマ(調和)の中での
安全や喜びを求めるようになると聖典は言います。

星が周期し、季節が移り変わり、
太陽が昇り沈み、一粒の種から芽がで、
動物たちが生まれては死に、
そして、私たち人の体や考えまでもを意地している秩序を含め、
ヴェーダではそれをダルマと呼びます。
宇宙全体の秩序として現れているこの宇宙こそが、
ただひとつの生き物、イーシュワラ。
その生きた全体宇宙、イーシュワラを理解し、
それとの調和を求めた生き方も、ダルマと呼びます。
そして、そのダルマを求めた生き方をヨーガといいます。

そのダルマを求めた整った考えに、
ヴェーダーンタの言葉が働きはじめます。
モークシャを叶える道具ヴェーダーンタは、
「私」という言葉を
「喜び」「自由」「リラックス」「愛」「全体」
という意味だと言います。

私の後ろにある私
世界の後ろにある世界
本当の私を知り、理解があるとき自己受容があります。

勝利や敗北、成功や失敗、出会いや別れ・・・
移り変わる世界の中にいて、
私は私の中で(自分の中で)満たれ安らぎ、
その安らぎと自由が私です。

モークシャという、この自由 、自己受容が、
ヨーガのゴール、人が求める究極ゴールと言いわれてます。

一緒に、ヨーガの聖典、ヴェーダーンタを学んでみませんか?

cetana01.JPGスワミチェータナーナンダ師DSC_0098.JPGDSC_0098.JPG

ヴェーダーンタ勉強会パラヴィッデャーケンドラムhttp://www.para-vidya.com/































inserted by FC2 system